【アーカイブ配信】歪んだ社会システム~盲導犬を即刻廃止せよ!(どうぶつの声)


・盲導犬はなぜ短命なのか

・犬はあなたの目にはならない!

・人間を助けるのは人間しかいない

・弱者に付け込んだ利権!盲導犬協会の正体

昨年8月、東京メトロ銀座線青山一丁目駅で盲導犬を連れた視覚障害者の男性がホームから転落し、
電車に轢かれ死亡した事故がまだ記憶に新しい中、またもや盲導犬絡みの死亡事故が起こってしまいました。

1月14日、埼玉県蕨市JR京浜東北線蕨駅ホームで、盲導犬を連れた視覚障害者の男性がホームから転落、電車に跳ねられて搬送先の病院で死亡しました。
盲導犬は運よく助かり、駅のホームにいたところを保護されました。
JR東日本によると死亡したのは63歳のマッサージ師の男性。

いつもこの駅を利用していたそうですが、駅員は一切声をかける事はなかったと言います。
又、蕨駅ホームには点字ブロックこそはありますが、ホームドアは設置されておらず、駅員は平日朝の通勤ラッシュ時以外はホームにいないという粗末な状態。
最も狭い所では壁から線路まで約2メートルしかなく、幅の狭い通路は健常者であっても注意が必要であることが伺えます。
蕨駅は2020年までにはホームドアを設置すると発表していますが、あと3年もあります?
安全や命に係わる事ですので今すぐ取組むべきだと思いますが、どこまで呑氣なのか憤りを感じます。

いつもいつも事故が起こった直後は危機管理対策が騒がれますが、
のど元過ぎると熱さ忘れる…状態でまた今も何事も無かったかの様に事が収まってしまっています。

この状態では近々再び、盲導犬と視覚障害者の事故は起こるでしょう。

先日の福岡酵素教室の懇親会の場で盲導犬のお話を少しさせて頂きましたが、
盲導犬については皆イメージでは知っているが、実情や内情を知っている人は少ないのではないかと感じました。

盲導犬が良い、正義だと思っている方がもしいらっしゃるとすれば、
それは盲導犬協会の巧妙な仕掛けにまんまと騙されています。

盲導犬については、犬が人間の為に一生懸命頑張っている姿から、すぐに何でも「美談」に仕立てあげられますが、
盲導犬はただの「動物虐待」であり、盲導犬協会はただの「利権まみれの集団」であるといえます。

犬好きな人々が盲導犬協会を作ったと思ったら大間違いです。
彼らにとって犬はただの商売道具の一アイテムにすぎません。

日本には各地に「盲導犬協会」があり、その殆どが公益法人や社会福祉法人の認定を取っています。

日本で初めての盲導犬誕生は、東京練馬区に本拠地を持つ「アイメイト協会」(昭和32年設立)、
去年、盲導犬が何者かに背中を刺された事件がありましたが、その被害犬オスカーを生み出した協会です。
各盲導犬協会はその育成費や補助金を全て公金から得ており、多い時は「一頭当たり年間4000万円」もの収益を上げています。

一頭の盲導犬で年収4000万円。

更には盲導犬一頭を受給者に支給すると地方自治体から200万円が育成完了費として協会に支給されます。
しかしその後、支給先で犬がどうなろうと査察機能は持っていないというずさんな管理体制。

これらの助成金は全て私達の税金から出ており、盲導犬ビジネスは税金によって莫大な収益をあげているのです。
盲導犬協会は100頭以上もの犬を所有しているにも関わらず、福祉目的という理由で「動物取扱業」にも入っておらず、
動物愛護法の適応外となり、協会内で犬への虐待や問題があっても法で罰する事は出来ません。

盲導犬になる大型犬は一度の出産で約10頭の子どもを産みますが、その中で適性試験を実地し、盲導犬訓練へと選ばれるのはわずか3割ほどです。
当たり前ですが、全てが盲導犬になるわけではありません。

では選ばれなかった子犬は一体何処へ行っているのでしょうか。

どうぶつを利用したビジネスの裏側には必ずと言っていい程、深い闇と多くの犠牲がある事を忘れないでください!
盲導犬は産まれて離乳後すぐにパピーウォーカーの元へ預けられ、生後10ヶ月間、一般家庭で育てられます。

10ヶ月経つ頃には家族と別れ、訓練所へと連れていかれ、我慢と制限の厳しい訓練が始まるのです。
ある盲導犬は訓練の厳しさがストレスとなり、円形脱毛症になったり、拒食症になり激痩せしたり、訓練士を見ると震えて怯えるなど、様々な報告が上がっています。
人懐こいラブラドールが人間を見て怯えて震えるなんて尋常ではありません。

犬は嘘をつきません。
この様な状態を聞くと、盲導犬訓練所では「訓練という名の虐待」を繰り返しているのでは、と疑わざるを得ません。

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(訓練士を見て震えていたラブラドール・激痩せと円形脱毛症を患いその後盲導犬施設から保護)

厳しい訓練に受かった盲導犬が次に行くのは「利用者」の元です。
利用者には親身に可愛がってくれる人もいますが、中には盲導犬を「物」のように扱う人間もいます。
利用者の中には盲導犬を虐待する者もいれば、適切なお世話をせず、ご飯を上げず排泄を長時間放置する者もいます。

真冬の雨が降り続く中、一杯飲み屋の入り口にずぶ濡れになって、
中で酒を飲んでるご主人様を、ただずっとひたすらに待っている盲導犬を実際に見た人もいます。

ある介護士の女性は、介護に訪れた視覚障害者のお宅に、いつもゲージに入れっぱなしの盲導犬がいたと言っていました。
その視覚障害者はいつも一人で出かけることが多いらしく、一日犬を放置することもあり、その間、犬は一切のトイレも出来ずストレスでよく鳴いているそうです。

盲導犬について語る時、忘れてはいけないのが九州で起こった盲導犬・ラブラドールレトリバー・アトムの悲劇です。
これは一般市民が写したある2枚の写真によって世間に出てきた盲導犬虐待を暴く大きなきっかけとなりました。

利用者の男性は普段からアトムにきつく当たっている、虐待をしているとの噂が近所であったそうです。
アトムはストレスによる脱毛と拒食症による激ヤセで、後ろ足に疾患を患ってしまいました。
歩く時も後ろ足を痛そうに引きずっていたと言います。
見るに見かねた近所の人々が盲導犬協会に再三通報をしていましたが協会は見て見ぬふり。
そしてこの日、近所の人が心配して見に来ると、なんとアトムは歩きながらオシッコを漏らしていたのです。

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所定の位置での排泄を教え込まれている盲導犬は、その世話を怠ると、ずっと我慢し続けないといけないのです。
我慢し続け耐え切れず、歩きながらお漏らしをしたアトムの氣持ちを思うと、
胸が苦しくなると同時に、盲導犬なんていらない、根本的な何かが間違っていると強く感じます。

のちにアトムは利用者の元から逃げ出し行方不明になったとも、利用者のもとで突然死んだともいわれています。
この写真が出回り、世間が騒ぎ出した途端、アトムは不自然に姿を消してしまったのです。

この事件が一体何を意味しているのか。

アトムは全ての自由を奪われ、人間の都合のいいように散々働かされて、最後は闇に葬られたのでしょうか。
よく「数千人(の視覚障害者)が盲導犬を待っている」という宣伝を聞きますがこれは事実無根です。

盲導犬を申請するとほぼ年度内に即支給されます。

そして新しい人よりも同じ人が繰り返し受給されるケースが多いのです。
実際には盲導犬の希望者は非常に少なく、盲導犬団体は視覚障害者に向けてさかんに「盲導犬を使おう」キャンペーンを行っています。
一頭需給で年収4000万円を引っ張ってこれるからでしょうか。

無理やり需要を作り、無理のある訓練で盲導犬を育成・支給するため、盲導犬の「虐待」通報が多発し、犬の中途引退、現役中の死亡も少なくありません。
それに盲導犬になる主な犬種ラブラドール・レトリバーは30キロ前後になる大型犬で、健常者でもお世話は大変ですし、ご飯代や医療費もかさみます。
しんどい時、病氣の時、犬はどうやって利用者にそれを知らせるのでしょうか。

犬の病院代は保険がきかず非常に高額です。

なので犬が病氣になると治療せず、別の新しい若い盲導犬を申請し、取り換える事もしばしあります。
その場合、病氣の年老いた盲導犬は一体どこへ行くのでしょうか。
盲導犬協会が最後まで看病して看取るのですか?
盲導犬の引退後は、運が良ければ里親に引き取られますが、そんな事は稀です。
殆どの犬がその後の行方は不明なのです。

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人間の都合だけで翻弄される運命。

感情を押し殺し、利用者以外の者とのコミニュケーションを取らず、好きな場所の臭いを嗅ぐ事も、
遊ぶ事も一切せず、周りに迷惑をかけず、ただひたすら黙って大人しくて従順である。

こんなのは彼らの本当の姿ではありません。本来の彼らはもっと自由で無邪氣でイタズラ好きで屈託のない子どものようです。

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盲導犬肯定派の人は「盲導犬は喜んでお世話をしている」「彼らは仕える事に喜びを感じている」など勝手に言いますが、
ではあなたが盲導犬の立場なら同じ事が言えるのかと問いたい。

自由を奪われ召使いの様に身を粉にして働き、トイレもご飯もコミュニケーションも我慢と制限をされる中で、本当にそれでも幸せだと言い切れるのか。
そんなものは「人間目線の人間都合の傲慢な言い訳」でしかありません。

私達、生きとし生けるものすべてに与えられているのは「自由」の権利です。
自由を奪うシステムは、いかなるものであってもそれは自然の摂理に反しています。
犬の優しさと従順さに付け込み、美談で誤魔化した金儲けビジネス。

身体障害者の弱みに付け込んだ危険な社会的システム。

これが盲導犬ビジネスなのです。

目の不自由な方々が本当に安心して暮らせる世の中を作るのであれば、
犬にその役目を押し付けることは到底不自然であり無理があるのです。

視覚障害は、身体障害の中でも危険が多く注意が必要であり、最も助けを必要とするものです。
なぜその様な大役を人間ではなく「犬」にさせるのでしょうか。

なぜ皆、そこに疑問と違和感を抱かないのでしょうか。
そもそも人間の世話は人間がやればいい。

介護士がいるのだから、盲導士も作ればいい。

雇用も増えるし、その方が断然安全です。

今回の埼玉の事故も「盲導犬を連れているから」という理由で誰も声をかける事もなく、
手を差し伸べる事もなく、男性は線路に落ちて死んでいきました。

本来であれば私達は困っている人には手を差し伸べ、声をかけ、助け合う精神を持ち合わせていたはずです。
盲導犬システムが私達人間のコミュニケーションの怠慢と思いやりの欠如を招くのであれば、尚更社会にとって必要ないのではないでしょうか。

経費も世話も大変な盲導犬よりも、白杖歩行の訓練や補助の充実を図り、
視覚障害者の方でも安全に歩ける設備や器具の開発、街中の整備に力をいれ、その為に税金を使う方がよほど有意義で優しい社会です。

言葉も喋れず、手も使えず、コミュニケーションもままならない犬にその世話を託すなんて狂っています。
犬は人間のお世話の為に存在しているのではありません。

盲導犬の廃止を訴えます。彼らを解放すべきです。
盲導犬のいらない社会こそが、人にも犬にも優しい社会なのです。

小田奈々


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