【アーカイブ配信】1人のカリスマが1万の市民を動かす(どうぶつの声)


・来週は犬肉祭…

・殺される前提の優しさは必要?

・愛護団体ならばこその使命

・なぜ永伊監督には人がついてくるのか

※この記事は2017年5月22日に配信されたものです。

今月の私はどうぶつ月間です。
先月末の肉食反対デモから始まり、6月4日、5日の講演会のお手伝い、毎週のこの記事…、記事は通年の事なので特別ではないですが、月末月初でどうぶつに関わる行事が多くありました。

その中でまたプラスマイナス新たな氣付きなどもあり、いつ何時でも學びだなぁと感じました。

今回改めて深く考えさせられたのが「どうぶつ愛護って何?」ということ。
あとそれらの活動家について。

私も10年以上前から細々と犬猫の保護活動をしている端くれですが、そもそもの目的とは何かを常に振り返り原点に返るように意識しています。

目の前のどうぶつを救う事は勿論大切ですが、もっと大事なのは根本的に犠牲を無くす事。

であれば目の前の事をこなしながらも、視線は常に前に向け、目的となる最終地点を目指さなければいけません。
私の最終目的は、どうぶつと人間の真の共存。
食べる食べられる、殺す殺される、囚われる捕らえるの関係からの離脱。
一番近い存在のどうぶつにこの共存の意識が持てない様では、もっと遠くの大自然や草花、微生物や地球になんて意識は向きません。

私達人間は自分が一番可愛い(人が多い)。
その次に共感するのが家族、恋人、友人、同僚、知人。
そして同じ人種である日本人、次は海外の人々、飢餓の子ども達。
共感力の幅が人生を豊かにすると監督がいつも言われていますが、ここまでの人は実は「利己」です。
共感力の幅とは、人間以外のものに向けられた時初めて生きてくるのです。
世の中のどうぶつ虐待は種差別の意識から起こっています。
であれば、種の壁を超えた時に初めてその人の人間性が試されるのです。
人間同士、同種同士の共感なんて、共感でもなんでもなく「当たり前」の事です。
世の中、胡散臭い心理カウンセラーやヒーラーが多々いますが、皆意識の対象は人間止まりです。
スピリチュアリズムを語る人ほど利己的感性の人が多いのも現実です。
そして肉を食べながらのスピリチュアリストが多いですが全く何もわかっていませんね。
4日の講演会で監督が仰っていましたが、肉食はカルマを溜め込みます。

近いものを食べれば食べる程に負のカルマが襲い掛かる、それは共喰いだからです。
来週21日に中国王林で犬肉祭が行われようとしています。
人間の最も近い存在である犬を殺して食べるなんて、狂氣の沙汰です。
尻尾を振って近寄ってくる犬にナイフを突き刺すのです。
あり得ない目を覆う様な惨劇が繰り広げられます。
そこはまるで地獄絵図です。

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犬達はこの後、生きたまま熱湯で湯掻かれ、生きたまま焼かれ何十分も苦しみながら殺されます。

実は犬の屠殺はどのどうぶつよりも残酷で無慈悲です。
苦しめたほうが良い、肉質が良くなると信じ込んでいるからです。
日本にも沢山の犬肉が輸入されており、今は通販サイトでも平氣で販売されています。
犬肉店も堂々と看板を掲げ、今一氣に街中に進出してきています。
「犬肉を食べたけど、思いのほか美味しかった」というネットの書き込みまである始末。
そのうち日本でも中国や韓国のように、犬を捌いて食べる日がまたやって来るのでしょうか。

昨日までペットとして飼われていた犬が、今日屠殺場にいる。
こんな事はアジアでは当たり前に起こっています。

肉食しかり、色々などうぶつ問題がある中で、最近良く耳にするのが「アニマルウェルフェア(どうぶつの福祉)」です。
アニマルウェルフェアとは国際的に認められている動物の福祉基準です。

1960年代、英国で家畜飼育状況の無残さを記した「Animal Machine」という本が出版されたことをきっかけに、家畜の劣悪な飼育環境の改善や、家畜動物に対する残虐行為などの防止を目的として生まれました。

現在では家畜動物だけではなく、ペット、展示動物(動物園等)、実験動物など、人間の飼育下におかれた全てのどうぶつに対する福祉の基本として世界中に認められ、またEUではこれに基づいた指令も出され、各国の法令に反映されています。

日本では行政がこれらの問題に疎い為、アニマルウェルフェアは全く浸透していません。
今、アニマルウェルフェアの普及に全力を注いでいる日本の愛護団体があります。
ここで皆様に考えて頂きたい。
確かに福祉は大切です。
全廃と福祉は同時に進めていくべき問題です。
しかし、いくら環境を整えたところで、生前広い場所に放していたところで、最後に屠殺や実験が待っているような福祉っていかがなのでしょうか。
そもそも福祉というものは生を前提としたものであり、死を前提とした福祉とは一体何なのでしょうか。

毎日身体を撫でられていても最後は屠殺される。
優しい言葉をかけられていても最後は実験される。

発言力を持つ愛護団体であればこそ、福祉を掲げるより全廃を全力で目指して欲しいと思うのです。

人のエネルギーが100あるならば、100全てを全廃に向けて皆で動かせば、世の中は変わるはずです。
それを中途半端に福祉の普及にエネルギーを注ぐような勿体無い時間と命の使い方をして欲しくないのです。

どうぶつ達の立場に立ったら。
彼らは福祉よりも生を望んでいます。
自由を手に入れ命を全うする事を願っています。

であれば殺す事が前提の福祉って、人間の自己満足なのでは?とすら思えてくるのです。

永伊監督があれだけ沢山の人に影響を与えてきたのは、最初から最後まで、一貫としてどうぶつの解放を訴えてきたからです。

畜産、実験、動物園、水族館、ペット問題。
これらからのどうぶつの解放です。
監督がもし「なかなか全廃にならないから、せめて殺される日までは福祉を大切にしよう。」なんて発言をしていたら、きっとこれだけの人は着いてこなかったし、世の中も変わっていなかったでしょう。

影響力のある立場だからこそ、どこにどれだけのエネルギーを使って人々を導くのか、その人には大きな使命と責任があります。

意思を貫く姿勢に皆が共感するのであり、そのたった1人のカリスマの出現により世の中は一氣にひっくり返るのです。

あるイギリス人の15歳の男の子が中国の犬肉祭を阻止する署名を立ち上げました。
今世界から沢山の署名が集まっています。
これが「殺し方を見直そう」の署名だったら多分賛同者は出てこないでしょう。
15歳の子どもの、ただただ犬を救いたい、殺さないでと願う純粋な想いに世界中の大人達が賛同しているのです。

この少年の様に、大人である私達が明確な目的を持ち、間違っていることには間違っていると正面きってNOと言える強さを持ちましょう。

どうぶつ達はそのような人が現れるのを今日も待っています。

小田奈々


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